ありがとう まだここにいて
歌を聴いてくれて
全ての 弱ささらけだす
僕を 受けとめて
ねえもしも 許されるなら
僕を 問い詰めないで
あなたのいう全てのこと
僕を 惑わせるから
(「Dear Lord, Dear Listeners」 * Morihiro 2004)
2001年12月
朝のニュースで、伝説のダイバー、ジャック・マイヨール氏の自殺のニュースを知る。ダイビングに興味はなかったけれど、以前九州でいつも乗っていた大橋タクシーの座席の広告で、唐津シーサイドホテルのキャッチフレーズに「ジャックマイヨール氏の常宿」とうたっていたのを毎週見ていたせいで、その名前は知っていた。
そして、その理由としてとりざたされているのが「人生に目標がなくなったから」だということを聞いて、僕は、何かとてつもない深い闇をのぞきこんだような気持ちになった。
そういえば、昨日、船橋の教会で、ベアンテ・ボーマン氏のコンサートでのクリスマス・メッセージで「とても快活だったチェロ仲間がある日突然自殺した、本当は心の中はとてもむなしかったのかもしれない」という話もあった。何が満たされれば幸せで、何が満たされなければ不幸せなのか、それとも、そのようなものさしを用いること自体が間違っているのか。
2002年4月
Emptiest Feeling.
何かが違う気がしていた。何かが足りない気がしていた。
でもそれが何なのかつかめない、穏やかな苛立ちが心を包んでいた。
朝、いつものように九段下の駅を降りて、Sony
VAIOの広告ポスターに埋め尽くされたフロアを通り過ぎ、エスカレーターを、立ち止まったままで上っていく。どこかの大学の入学式に向かう人の列が向こう側のお堀沿いの道を進んでいく。
すっかり葉桜になったストリートで、風にまだ舞う花びらの風情は客観的には素敵だし、都内有数の風景であることは十分に承知している。けれども、どうも気分的にはしっくり来ない。飽き足りない。
昼休み、マクドナルドで昼食を買って、テイクアウトで千鳥が淵のほとりのベンチに腰掛ける。日差しはもう初夏の香りで、おそらく東京23区で望み得る最高の風景に身を置いているだろう。しかし、その客観的な特権とは裏腹に、僕の心は何かちぐはぐだった。別に不幸せとはいわないけれど、僕がいつも求めているExcitementとは何かが違う。
「You can relax.」
そう自分に言い聞かせる。そう、別に無理してトキメキを追わなくてもいいのかもしれない。でも、同時に気づく、My
Restless Heart.
安らぎを心から楽しめない自分がいる。
コタエガミツカラナイ。そう、言い聞かせているけれど、響きはとても虚ろ。
2003年5月
「My Hometown」ということについて考えてみた。
首都圏の地図をぱらぱらとめくりながら、時間と空間について思いをはせてみる。
過去に経験した全てのこと、自分が選んだ全ての選択、後悔などどこにもない。成功とは呼べないものもあるし、屈辱的なシーンもあったけれど、全ては今の自分をつくる糧になっているという確信は揺るがない。
そして、キーとなる事実は「望んだものは、必ず手に入る。大切なのは、夢見る力」本当に、心から、覚悟を決めて望んだものは、必ず手に入れてきた自分だからそういえる。
東京という場所、どうして、いまひとつ、たいくつなのだろう、とずっと考えてきた、そして、ふと気付いたことがある。
ふるさと、とは、心落ち着く場所、とは、場所そのものの属性から来るのではなく、一緒に過ごした誰かや、そこで行った何かから生まれるのではないだろうか?だから、通った学校を再訪しても、もうともに過ごした仲間もいなくて、自分はそこで成し遂げたことも、過ぎたことになってしまっている今では意味もないのだろう。
その意味では、過去そして現在、ふたりで暮らし始めてから、10年の年月と3回の引越しを経ても、彼女と過ごすこの場所がいつもたったひとつのふるさとなのだろう、と思った。
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